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さっきの風のせいだろか、形のいい頭に添わせ、ぎゅうと絞り込むよに引っつめにした束ね髪を、更に三つに分けるという、なかなか珍しい結い方をしている金の髪が、どれも萎えてか枝垂れていて。いやいや、野伏せりとの激しい乱闘にあたっても、大きに活躍していたその間じゅう、特に乱れることはなかった髪形だったのになぁと。久方ぶりに目にしたそれへと、そんなお呑気な感慨がまずは出た平八だったのも、思えば…あまりに突拍子もない事態に遭遇したため、彼女なりに呆気にとられていたからで。
だって、あまりにも唐突に現れたその人は。
記憶といっても
もはや名前だけの、
若しくは写真のような止め絵のそれへ
風化しかかってた姿をそのまま、
そりゃあ鮮やかに再現してくれており。
しかもそれが動く生身でと来た日には、
“…やっぱ、いい男だなぁ。/////////”
かっちりした体躯も雰囲気も存在感も、しっかりと大人の男性だのに。すべらかな頬や甘いやわらかさを含んだ口許、白い肌に冴える秋空のような水色の瞳が印象的な目許と来て。そんな風貌なの、覚えていたはずの平八でさえ、あやや/////と ついつい見惚れてしまったくらい。そして、
「………。」
そんなこんなで呆然としていた彼女よりも先に動いたのが、ほんの先程、伏し目がちなことを揶揄されたばかりの赤い双眸を、今はきりりと刮目している紅ばらのお嬢様。よほど唐突に吹っ飛ばされでもしたものか、彼ほど冷静な人物が、なのに動転しているようであり。そのせいで、まだ状況が把握出来てはないらしく。辺りに注意を払おうともしないほど、とんと動きの鈍い相手ではあったれど。それへと向かって“すたたた…”と歩み寄った久蔵だったものだから、ついのこととて あっと平八が声を上げかかった。だって、確かに彼女らには見覚えのありすぎるお人だが、冷静に考えたら…彼女らより腕力もあろう年上の男性で。しかも“槍”という危険物持参の、十分“不審人物”でもあるワケで。
“大体、向こうさんに私たちが判るものかどうか。”
一体 どの時期の彼かは知らぬが、軍服ではないから戦後の身、さっき見えた風景の中にいたなら、あの村へ来ていた時分の時系列にあったとしても。自分たちのように こちらへの覚えがあろうはずはなく。
“タイムスリップしましたなんて、
あの頃も今もシチさんから聞いてませんしね。”
以降の記憶には刻まれるのかもしれないが、そこのところの小理屈は…パラドックスも含めて 今はまま置くとして。
“気性も一緒だとしても…。”
女性にはそれが童女相手でも物腰柔らかだったとはいえど、あの村まで来ていての、永続的警戒中なら それも論外。久蔵が薙ぎ払われでもしたら大変、制さなきゃと思うのと同時に、自分が感じたことへの“そうですよね”という、目顔での相槌を期待して、ついつい室内を見回した平八だったが、
“………あれ?”
そこで初めて、もう一つの異常事態へも気がついて。あまりな状況へそれがますますのこと、ひなげしさんの動作を凍らせてしまったものだから。衒いなく迷いもないままの機敏な足取りで、あっと言う間に相手の間際まで達しておいでの久蔵殿、
「………え?」
そちらさんもさすがにその気配に気がついたのだろ、自分へ近づく存在へ、お顔を上げたのとほぼ同時。床の上へお膝をついての、すぐ傍らへと座り込み。それからそのまま、
「あ……っと。」
ある意味、さすがは練達と言っていいものか。何ら迷いのない行動だったことが、避けるべきか抗うべきかと判断する隙さえ与えなかったようで。それでも、懐ろという急所中の急所へぱふりとお顔を埋められるというのは、そちらさんとて辣腕との自負もあろう彼へは、結構な衝撃だったに違いなく。
“ありゃまあ。”
さすがに触れられようとした刹那には、反射的にか、咄嗟に身じろぎしはした彼だったようだが。そこで、相手が華奢な少女なのだと気づいたのだろう。それにしたって刺客じゃあないとは言い切れぬのにと、こっちの身内のやらかしたことではあるものの、そんなうがった見方をするならば、さすがは久蔵殿…という結論が出るのだが。
「………。」
一見すると、美男と美少女による、ローティーン向けジュブナイルレベルでの抱擁シーン。何とも華やかでドラマチックな構図であるものの、
そも、何がしたかった彼女かと言えば。
しばらくほど、永く引き離されてた恋人同士の再会よろしく、相手の懐ろへじっとお顔を伏せていた久蔵から。敵意や殺意が感じられなんだせいだろう。何もされないのでということか、それへと付き合いよく…彼の側でも手さえ触れないと言わんばかり、紳士的にも両の手を宙に浮かせてじっと待っているという態勢になっており。平八もまた、そんな二人を固唾を呑んで見守っておれば。ややあって、やっとお顔を上げた久蔵。一緒に伏せてた手のひらで、何度かすりすりと…選りにも選って殿方の胸板を撫でてから、
「シチだ。」
「そのようですね。」
「しかも男だ。」
「ええ、確かに。」
あいたたという第一声が相当に低かったのと、何と言っても体格やら素振りやらが男のそれだったしで。それは最初に気がつきましたがと、触らなきゃ判らなかったらしい三木家のお嬢様の言いようへ、さすがにやや呆れたひなげしさんだったところへと、
「同んなじ匂い。」
「あ……。」
付け足された一言には、さしもの平八も胸底をとんっと弾かれる。久蔵だって、男だということや、あの彼とひどく似ているということくらいは、初見で判ったはずで。そこでそこをもっと詰めるべく、今の非力な彼女では、素手でかかられたって危険かも知れないのに、こうまでくっついて確かめたのであったらしく。ただ、
「同んなじ匂いじゃなかったなら、
そのデザートフォークでどうする気だったんでしょうか。」
「………。」
ティファニーだろか、なめらかなフォルムの銀の小さいフォークを1本、その手に握ってもいたのが、問題っちゃあ問題かもだったが。
“別人だったなら、槍へ超振動をかます気でしたね。”(こらこら)
不用心なんだか周到なんだか、相変わらずよく判らない遊撃担当さんへ。まあ無事穏当に済んでるから いっかと。ここはこだわるのは後回しにする、こちらさんも結構豪気なひなげしさんが、
「それより。気がつきませんか?」
「???」
「匂いで“男のシチさん”だと判ったのなら、
そのお人、シチさんの変身した姿…じゃあないのでしょう?」
「…。(頷)」
「だったら、
さっきまでここに一緒にいて、ダージリンを淹れてくれた方の、
2年B組の草野七郎次さんは 一体何処に行ったんでしょうね。」
「…っ!」
えっ?と、今頃それへ気がついた久蔵だったのは、こっちの彼の正体を見極めるのへと集中していたからだろうが。はっきり言って…傍で聞いているとややこしい会話に相違なく。そんなお嬢さんたちの、ところどころが奇天烈な会話を黙って訊いてた誰か様へも、奇天烈な部分が もしかせずとも気になったに違いなく。
「…ちょっと良いだろうか。」
いきなり立ち上がっては脅威にも成りかねないと思ったか、そんな言い方でまずはと割って入り、
「…あ。」 「……。」
そのお声へとあらためての視線を向けて来た、二人のお嬢さんを交互に見比べつつ、
「う〜〜〜〜んと、だな。」
後ろ頭に手をやって、しばし言葉を選んでいたのもまあ無理は無かろう。こちとら、様々なシチュエーションのタイムトリップだのスリップだの異世界へ飛ばされてしまうという幻想小説やSF映画には慣れている身だし、ましてや、前世の記憶なんてものも持ち合わせている変わり種。よって、突然の来訪者であるこちらの槍使いさんに関して、万が一にも微妙なところで読み間違っていたとしても、さほど遠くは無かろうと、妙な話だが納得出来る素地はある。ただ、お客様である彼の側には、果たしてそういう余禄はあるのかが疑問であり。
“…普通だったら逆のパターンなんですがね。”
突然 勝手の判らぬ世界へ放り込まれたと、当人が理解するのさえ骨だろうに。そこへ加えて、時と場合によっちゃあ不審人物とされ、怪しまれたり追い回されたりもせにゃならぬ。でもでも、それもまたもっともな話だよなぁと、現にそういう立場になって、気がつくというか、
“JINせんせえが飛ばされた先の人たち、よく受け入れたよなぁ。”
こらこら、ヘイさん。(苦笑) 本当だったら用心しないといけないことなんだなぁと、あらためて思い直しておいでの、林田さんチの平八お嬢さんだったりし。ともあれ、ここはまず、彼からの反応待ちかなと、何が起こったかを解析中らしき、槍使いの君が再び口を開くのを待っておれば。
「ここは何処です?」
室内やその周囲には他の人間の気配も無しと、彼なりの洞察にて判断したらしく。そこでのまずはそうと訊く。だが、
「えっと。」
「……。」
どう言や良いのかなと、少々口許を引きつらせたのが平八ならば、
「東京都M区丘乃坂……。」
「あのね。」
すらすらと口にした久蔵だったのへ、それが通じたら苦労はせんてばと、新手の漫才コンビのツッコミ担当になった気がしたひなげしさん。そうじゃなくってと辞めさせれば、いたって真剣に“なんで?”という物問い顔が見返してくる天然さよ。こういうとんちんかん少女を“いい子いい子vv”と操れる、シチさんや兵庫せんせえって凄いとの認識も新たに、
「だから。その住所はですねぇ…。」
カンナ村や虹雅渓という地名が今の日本には無いのと同じで、恐らくは彼に言っても通じない地名だ。だが、そういう言い方で説明しても良いのかなぁとも思ったから、問われたその時に口ごもった平八だったのであり。これじゃあ前門の虎後門の狼じゃあないですか、と。それもまたちょっと違うぞな喩えを、赤毛のお嬢さんが噛み締めておれば、
「確かに、そんな知名には覚えがありませんね。」
一見すると、三人でまったりと休憩中の図。足を投げ出す格好で床に座り込んだまんまのお客人が、そこへと加えて、訊いた質問をまぜっ返されたとは思わなんだか。だとすれば相当に我慢強くて寛容な人性を覗かせつつも、何とも無難で穏当な応じ方をしてくれたその上に、
「此処が何処なのかをそうまで言いにくいとするのも
気になることじゃあありますが。」
それはそうだろうと、深々と頷いた平八へ、
「不躾けながら、それでもこれが一番に気になったんですよね。」
やはり、女の子相手に敵意は無いぞとする証しか、間近に転がっている槍には触れずの、手のひらを両方とも広げた形にして床へと後ろ手に突いたままの彼が、あのですねと なかなか朗らかに言ったのが、
「あなたたち二人とも、アタシに覚えがありますね?」
「あ…。//////」
「………。(頷、頷)」
どう切り出せば信じやすい?混乱しない?と、気を回したらしい平八だったのも。そういう遠慮や深読みだのが苦手ならしい、切れ者に見せといて実は随分とざっくりした性格らしく、それでのズボラが飛び出したところを、こらこらと質された久蔵だったことも。どこへどういう根を置いての態度なのかと辿ってみたらしい彼であり。
「だって、か弱いお嬢さん二人、
いくらアタシが見るからに恐持てじゃなくたって、
もちっと警戒するのが筋でしょうし。」
それにと、あらためて二人のお顔を交互に見比べ、
「お二方とも、
アタシの知ってる誰かさんたちにそっくりなんですよね。」
「えっと…。」
とはいえ、そちらの誰かさんたちは、アタシと同じ元軍人のれっきとした男衆でしてね。女装して悪ふざけ…なんてやらかしてる場合じゃあないし、
「こうまで小柄で可愛らしい化けようは、体格的にまず無理だし。」
「あはは………。//////」
そういや、虹雅渓からカンナ村へ向かう途中、敵の眸を欺くためにと、誰かさんは女性の身なりもしていたが。一緒にいた顔触れが大柄だったので目立たなかっただけの話で、
“あれと見まがうと言われたら、それはそれで悲しいですもんね。”
手入れを怠らない髪や肌が自慢だし、普通の女の子と違ってドライバーやハンダごてが得物だが、それでも指の節が立たないよう、お風呂タイムではリンパマッサージも続けてる。
……じゃあなくて。
「それに加えて、なんですか
二年B組のクサノシチロウジさんというのが、おいでだったようですが。」
それも聞こえていてのこと、こちらの女子高生二人が何者なのかを探りつつ、だが今のところはまだやや好意的に捕らえておいでらしい感触がしたものだから。
「あのっ、信じてもらえるかは疑問なんですが。」
確かに、私たちはあなたのことを知っていますと。その小さな手を胸の前へと組んで見せ、平八が彼女の側から語ったのは、
「北と南に分かれての、
何十年もの長い間という戦争があった世界だったのでしょう?
結果として勝ったのは南軍だと言われていますが、
政治的な発端がどう決着したのかは曖昧で。」
それよりも、その戦さが終わってからの世界で、
世の中の舵取りという立場に立ったのは商人たちで。
あれほど身を削って戦った軍人、侍たちは、
野に放たれての素浪人になるしか無かったこと。
特に支配階級が立つでもないままの、
そんな混沌とした世情の中。
寒村を襲う“野伏せり”が暴虐を極めてて。
堪りかねた村人たちから乞われてのこと、
「腹いっぱいの米を食わせるから、用心棒になってほしいと。
そうと言われて、小さな米処、カンナ村へ向かうこととなって。」
「驚きましたね。その通りです。」
但し、そこまでは彼のいた時代や世界の人間ならば誰でも知っていることであり、乞われての用心棒云々という下りも、確か 既に相手方には露見していたはずで。
「久蔵…こっちの子に見覚えがあるというのは、
砂漠を渡る途中でこっち、じゃない
あなたの陣営にこの子そっくりの剣豪が加わったから。」
「ええ。」
「私に見覚えがあるというのは、
お米大好きな工兵のことじゃないですか?」
機械の体のサムライ志願、家系図を持ってたが、それの通りだとまだ13歳だったり。そうそう、カンナ村へ行く途中の禁足地では、カツシロウくんが矢を射られて怪我をして。その手当てをしてくれたのが、全身を防護服で覆った式杜人という不思議な一族で。シチさんがいたのは癒しの里の蛍屋という座敷料亭、女将のユキノさんがそりゃあ気っ風の良い美人で…などなどと。あの合戦への七人の仲間内でなければ知り得ないところというものを、懸命に思い出しての説いて聞かせるうち、
「…成程ねぇ。」
三本髷のシチロージさん。そこまでコト細かに知っているというのは、ただの間諜にも無理なことだと、そこは通じたようであり。
「またまたもしかしてなんですが、
アタシが此処へ現れたのは、
あなた方にも予想だにしなかったことなんじゃあありませんか?」
だって、さっきからそれは気遣ってくれている。わざわざ呼んだのならもう目的達成、戸惑う理由なんてないはずですし。
「第一、アタシ一人を攫っての引き離し、
覚えの無いところへ連れ込んで籠絡しようだなんて。
そんな手の込んだことをされる覚えもありませんしね。」
にひゃっと微笑って、出してたおでこを てんっと、そろえた指の腹にて軽くたたいた彼だったのが。あまりに懐かしい所作だったものだから、平八も久蔵も思わず おおおと見ほれてしまったものの、
「それにしても妙なのは、
あなたがたがアタシの知るお仲間にあまりにそっくりなことで。
もしかして、久蔵殿や平八殿のご親戚の方々なのでしょうか。」
「いやあの、それはですね。」
あああ、そうだよな。そこもまた説明が難しい。つか、
「シチさんが、あ、すいません。そう呼ばせてもらいますね?」
もうここまで来れば、曖昧に言を左右するのも無駄なことだろう。いきなり現世へ現れて度肝を抜いてくださったのは。朱柄の槍を自在に操る遊撃の人にして、あの知将・島田カンベエの元副官。金髪に青い眸の白皙の美丈夫、北軍白兵斬艦刀部隊のシチロージさん、その人であり。
「恐らくは此処に現れる直前までシチさんが居たのは、
カンナ村か虹雅渓か。
稲穂が見えたから、カンナ村の方だと思うのですが。」
自分たちも過去には確かにそこにいた、と。二人の少女が真摯な表情を揃えてえいと告げてきたのへは、
「過去?」
さすがにこの言いようへは怪訝そうに細い眉をひそめた彼だったけれど。
「はい。過去の記憶なんです。」
私たちは見たそのまんまの女子として生を受けて此処に生まれたのですが、どうにも不思議なことにはそんな体験などしちゃあいない記憶を持っていた。あなたがさっきまでいた世界の記憶。長い長い大戦があった世界の記憶。
「驚かれるかもしれませんが、あなたは何もないところからやって来た。」
どこかから運ばれたのでもないし、誰かに担いでこられたんでもないんです。
「いわゆる“神隠し”というのはこういう現象を言うのじゃないかと思えたほど。」
先ほども言いましたように、あなたといた記憶は鮮明で。数の上では話にもならぬほどの少数陣営ながら、各々の得手を生かしての、奇策と個人技満載という奥の深い攻勢を繰り出して。結果として、浮遊要塞を二基も撃沈したのが最初の戦い。そこから始まった、小さな農村を部隊にした野戦を制し。それからそれから、直接の敵だった機巧兵の野伏せりを、単なる手駒にしていた真の黒幕とも刃を合わせることとなったという、何とも激しい戦いを繰り広げた…という遠い記憶が。どういう理(ことわり)なのだか、今の自分の記憶の片隅に埋もれており。まだ来ぬ未来のことを“覚えている”のはおかしいから、きっと過去の記憶なんだろうけれど。
ただ、それだと ここが微妙なのが
その記憶の世界というのが、どう考えても今のこの日本という国の過去のいつかとは思えない。
「あのですね。
今の時代は、いやいや この世界は。」
何と言ったら良いものなやら。時系列を持って来るなら、自分たちが生まれ変わったのに少なくとも何世代かは間があるはずだけれど。だっていうのに、ああまで巨大な鋼の戦艦や機巧兵団を、ふわんと宙へと浮かばせる技術は、今も尚 まだ実用化されちゃあいないのが現状。そこを口にすると、
「え? それじゃあ此処では空をわたる移動法はないのですかい?」
「いえ、飛行機はありますし、
宇宙へまで飛び立ってるロケットもありますが。」
船でも紅蜘蛛でも、いきなり何がなんでも浮かび上がらせるという、重力制御から入るのじゃあなくて、
「気流に翼を乗せて、揚力を得て飛ぶのがこちらでは基本なんですよ。」
「それってもしかして、グライダーの次元なんじゃあ…。」
さすがは斬艦刀乗りで、飛行術のいろはも御存知だったようだけれど、
「じゃあ、遠出の旅は風任せで、
無風の折は空を飛んでは移動できない段階なのですか?」
そんな次元では、海を越えた遠くへは船でしか渡れないんじゃあと感じたものか、
「ヘイさんには物足らないどころか、
そこを何とかしてやれと意気盛んになってるところだとか?」
単なる後方支援役だった“工兵”というレベルに留まらず、概要だけを訊いてあの“弩”を無から作り上げたほどのお人だ。飛行手段のいろはにだって通じていよう身なのだから、今は歳が足らなくとも、すぐ先にて大発明家となれちゃうのでは?、なんて。目許を細めてにっこり微笑まれてしまったが、
「いやいや、
グライダーどころか、推進器にジェットの速さを採用しているので、
風がなくとも自力で作り出せますし。
磁場支配つきの浮遊方式には必要な、大層な“炉”が要りませんから、
装備も重量も軽減出来て、生産効率も燃費効率も良いんですよね。」
離着陸には多少のコツが要りますが、こっちの方が経済的だし快適だしと。やや専門的な物言いをしたところが、得意分野だとあって意気込んだのがどう伝わったやら、
「おおお、何だかいつものヘイさんと話しているような気になりますな。」
はははという朗らかな笑顔が出たほどに。彼から見たひなげしさん、かつての平八に人性が重なっていたのだろ。そして、
「あ…いや、あのその。//////」
男と女と、性別が違うということもあるだろうが、一緒にいた頃は気がつかなかったことも一杯。伸びやかなお声とか涼やかな目許とか、異性のそれとして見ると、何ともまあ爽やかで甘くって。
“うあぁ〜、そっかぁ。
女性はこれにまんまと堕とされるのかぁ。////////”
こらこら、なんて字で表現してますか。(笑) これまであんまり“イケメン”てのがよく理解出来てはいなかった。色恋は美醜で左右されるんじゃあなくて、結局は個人個人の好みじゃないかと思ってたけれど、
「…女殺し。」
「ははは はい?」
否定的にじゃないながら、それでも同じことを思ったらしい。過去も今でも、シチさんへはそりゃあ懐いておいでの紅ばらさんまでもが、ぼそりと口にしたその一言が、すべてを物語っているよなと。こんな事態の最中でありながら、困ったお人だねぇという感慨がついつい涌いたひなげしさんだが。
「ええっとぉ、…ですんで。」
互いの身の上を理解し合うためにも、何より、現状打破のヒントを探るためにも。物の定規を均してた筈の話の流れまでが止まってはいかんと。飛行機の話が頓挫したのだと、何とか思い出した平八。どう繋ごうかと頭の中でくるりといろいろ掻き回した末に、ポンとお手々を叩いてから、
「この世界じゃあ、
情報処理の速さや小型化という格好で
通信手段が途轍もなく進んでおりますよ?」
そうと言って、チェニックのポケットから取り出したのがスマホの携帯。カードのようなプレートに、液晶画面がはめ込まれ、そこへと浮かぶ小さな動画へ触れると、それがボタンで、
「単線のトランシーバでもなければ、中継の交換手経由の電信でもない、
此処から直接、
世界中のあらゆる場所のあらゆる電話口へ通話出来るシステムが、
もう随分と前から存在しますし。」
「……無線で、ですかい?」
シチロージの少々怪訝そうな問いかけへ、ええと苦笑交じりに頷いたのは、そこの相違も覚えていた平八だったから。確かあの世界では、大戦中にばらまかれたナノ単位のジャマーのせいで、無線通信の届く範囲に制限があり。あれほどの科学力があったにもかかわらず、遠方へのお便りは飛脚を使っての手から手へだった。こんな薄っぺらいプレートが電話だというのも、信じがたいと小首をかしげる彼なのへ。別のアイコンをタッチして、
「こちらの世界では、
何でも小さく集積することへと進んでいるのですよ。」
ほらと呼び出したのが、撮り溜めていた写真の数々で。電光掲示板の如くに次々現れる写真へ、おやおやと目を見張っていたシチロージだったものが、
「…っ!」
何枚も逆上らずに現れた代物へは、はっとしたそのまま声を張る。
「…っ、ゴロさんっ?!」
「あ…そうだった。」
自分たちのみならず、いやいやもっと判りやすいだろう、前世と同じ姿で転生している人もいたんだと、今になって思い出し。顔を見合わせたひなげしさんと紅ばらさん。とはいえ、
「兵庫は覚えてないかもだから…。」
もっとインパクトのある人物はいなかったかなと、自分のスマホをタップしていた久蔵が、結婚屋や佐伯刑事というのは写真がなかったしなと呟いてのそれから、
「…っ。」
その手を止めると、そのまま手の中で回したモバイルの画面。そうやって彼へと見せたのが…いつ撮ったものなやら、こちらの草野さんチの七郎次に、一緒に撮ってもらいましょうとでも言われているものか、腕を引かれて並んでおいでの、
「………これって勘兵衛様ですよねぇ。」
「何だったら、
プリントアウト…じゃない、印刷したげますよ?」
ちなみにこっちが、私たちと同じ女子高生のシチさんですがと。画面の中を指さした平八だったのだけれども、ところで…あんたたち、何か忘れちゃいませんか?
「あああっ、そうだったぁっ!」
「〜〜〜〜〜っ、シチはっ?!」
「おおうっ。」
そうだぞ。しっかりしろ、二人とも。(苦笑)
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*な〜んか小理屈まるけなお話になりそうですが。(う〜ん)
異世界への扉のお話というのは、
新井素子さん以降、
すっかりと鉄板なシチュになっちゃいましたよねぇ。
ひかわきょうこさんも
すんばらしいシリーズものを描いてなかったか。
こういう設定が今や鉄板だ云々と思ったおり、
それと同時に何故だか思い出したのが、
男と男が仲よかったり、
兄として敬って良いですか的な意味合いから
“アニキと呼んでいいですか?”なんてなフレーズには、
ついつい腐な想像しか出来ないのが、
平成の同人女子ニュアンスという一説で。
だよねぇ。(笑)
となると、男性向け同人のファンは、
リアルな世界のでも 女子同士のべったり仲良しは
全部“百合”に見えちゃうのかな?(おいおい)
(誰のファンかも丸判りな連想ですいません。)

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